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by senshu-scop

2009年5月16日勉強会報告


日時、5月16日13:15~15:00


概要

丸山真男著『日本の思想』をテキストする勉強会、今回の範囲は123頁~152頁「思想のあり方について」


参加者

乙幡、西山、中橋


まとめ

レポーター、中橋

コメンテーター、西山


議論の内容

レポーターがまず、今回取り上げる範囲の主旨あるいはアウトライン、著者の言いたいことをまとめてきてくれた。しかし、テキストを共有して勉強会を開くのだから、全員一致の読み方あるいは著者の「言いたいこと」を確認してから議論していこうということで、コメンテーターの論点提出後に著者の「言いたいこと」を後追いしてみた。

今回の「思想のあり方について」の主な内容はこうだ、

日本には、どうして思想の体系化や、政治的実践運動での組織化、市民運動の組織化がうまくいかないのか、という問題意識から出発している。そこからその源には日本独特の文化的類型があるからだという話になる。ササラ型とタコツボ型である。日本の文化類型は後者に属し、法律学、経済学、政治学、などの各領域がタコツボのように閉鎖的で、相互的なコミュニケイションが少ないのが日本文化の類型である。このタコツボのなかでは、その中だけでしか通じない「コトバ」が沈澱していき、ますます多元的になる。これは日本のすべての組織等に見られることだとしている。この各々のタコツボから出てきたイメージが社会を覆い、そのイメージが社会の潤滑油になっている。しかし、このイメージが一つの向きに集約されたとき、イメージは怪物化するのである。この怪物を作り出したのは、戦前では「天皇制」出会ったが、戦後「天皇制」という一つの幹を失った日本は、それにとってかわって「マス・コミ」がイメージの怪物化の担い手になっている。ここから多元的なイメージを怪物化させずに合成していく思考法が必要だと結論づけ、そのために、各々のタコツボから、つまり細分化された専門領域からイメージを合成していくのではなく、社会にあるイメージから合成すべきではないか、としているのである。


以上のようなことを確認した上で、日本のタコツボ型組織は「ソーシャル・キャピタル」として日本の強みであり、悪いことではない。そもそも人はイメージ動くのだという論点が提出された。


しかし、以上のような論点は論点として機能しなかった。なぜなら、著者自身「タコツボ型」社会に関して、善悪の価値判断はしておらず、ただ、日本社会の構造を分析したにすぎないからだ。


ここから、新たな論点が導き出され、「タコツボ型社会の中でイメージの怪物化をどう抑制していくか」というものになった。


意見1、マス・コミ以外のイメージを合成するオルタナティブを作る→web?→広大すぎて無理。

意見2、批判しあうとき、互いが罵倒しあわないよう、議論の交通整理人を作る。

意見3、タコツボを形成する要因は過度の被害者意識、謙虚さを超えた卑屈さ、によるものだから、官僚、ジャーナリストなどの一定の「力」を社会に対して持っている人々が、自らが権力者であることを自覚することであることが、イメージが独り歩きして怪物化することを抑制するのではないか。権力に対して自覚的であるべきだ。

意見4、ここまでの意見は著者丸山真男が言っていることじゃないか、丸山の問題意識は高いがその解決法、具体的な政治的実践の場にまで彼は踏み込んでいない、ここが彼の限界なのだ。

以上のような意見だ提出された。意見3、に関して納得するものが多かったように思う。



反省


結局のところ、著者である丸山真男の議論をただ踏襲して終わってしまったように思う。そもそも、大学2、3年が丸山と同じ土俵で相撲を取っても相手にならないのは百も承知だが、丸山批判だけでなく、何かしら丸山の論理に対抗する論理なりを見出したかった。


以上

平成21年5月18日              乙幡翔太郎記す。
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by senshu-scop | 2009-05-18 05:58